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六月十日、樋越村合戦にて、初の隊長斬り、撃破なる。
二番隊隊長ではありますが、こんなことはおそらく二度とないことゆえ、記念に貼付けておきます。複数で斬りつけている場合、撃破として名が出るのは偶然でしかなく、まあご褒美のようなものです。
近くに伊里奈様のお姿も見えますね。合戦後、「おめでとう」の声も掛けて下さいました。

六月十二日、未明。由奈の海岸にて叫んでみました。
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その後、夜通し宛も無く彷徨ってからたどり着いた十郷村北で鏡華水月様にお会いしました。その日はなぜか気まぐれに守護の型を、久しぶりに修練したくなり怪しげな格好をしていました為に、純白の婚礼衣装に身を包んだ鏡華様との差異が奇妙にも思えますね(笑)鏡華様には重撃の刀のいろいろな振りを見せていただきました。実に参考になり申した。
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すっかり夜も明けてしまいましたね。お疲れさまでした。
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六日の夜、合戦の後であっただろうか、舎舎迦様が拙者にお気付きになって話しかけて下さった。最初は面を被っておられてわからなかったが楚々としたたたずまいはお変わりなく、先ほどまで剣を振るい活躍していた女子とは思えぬ落ち着いた雰囲気であった。
舎舎迦様もまだ兵団に入られずにお仲間と過ごしてらっしゃるとのこと。
拙者は自分が“協調性もない勝手な輩であるから”と申せば、「そうは見えません」とありがたいお言葉。
前から気になっていたお名前の読み方をお聴きすると『ささか』様とお教えいただいた。兎の意味を持つ梵語(ぼんご)「舎舎迦(ささか)」であるとのこと。ぅ~む、博学でもいらっしゃる。
拙者、兎が好きで以前飼っていたという話から、現在猫が四匹いること、舎舎迦様も猫を六匹飼ってらっしゃることなど、とりとめのない、しかし楽しいお話をしていただいた。そこが抗争地域だということさえ忘れる、柔らかなひとときでありました。

樋越村を離れ、なぜかまた海を見たくなった拙者は十郷村を抜け、序盤で我々新政府の者が行ける唯一の海、由奈の浜へ参りました。
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拙者、時々こうしてげえむの進行とは全く関係なく、心の赴くままに行動したりするのが好きであります。力や技を磨くことは武芸者として当然のこととは思いますが、数値ばかりを追いかけていて美玖の美しい空や山々、由奈の海などを堪能しないのは極めて勿体なきこと。
こうして海を眺めておりますと、同じ日ノ本の人間同士が新政府皇国だと争い合っていることもいささか馬鹿らしく思えてくることさえ御座います。
それでも戦わなければならない武芸者としての業。
いったい日ノ本は何処へ向かっているのでせうか。
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由奈の漁師さんともすっかり打ち解け、突然襲いかかられることもなくなりました。
 六月四日夜、拙者はほんの気まぐれで単身乗り込み失敗していた二つの難関を、厚かましくも友人にご協力を依頼し、突破しようとしていた。
 ひとつはここでの失敗記事を読まれた恩人・大辰殿の有難いお申し出もあり、ご同行願えることになった「限界突破・三十五段まで解放作戦」である。やはり拙者と同じ三十段手前であるちけた殿、タニア殿にもお声掛けしたところ快くご同行いただけることになった。経験豊富な先輩・大辰殿、そして共に修行を続けるお仲間がいるということはこの上ない喜びと心強さである。
 そしてもうひとつ、拙者が二十四段の頃、ふらりと入り込んだ洞窟でこのままいけるところまで行ってみるか、と突き進んで行った結果三層途中で孤独の挫折を経験した水鏡の洞窟である。こちらには先日の会談の際に、攻略済みのちけた殿とタニア殿にお話し、お仲間のべっく(BECK)殿、十六夜 紅真殿にもご同行いただけることになっていた。
 まずは大辰殿のその日の予定が未定であるとのことだったので、先に洞窟へ入ることになった。御用のあったお仲間の到着を待ってちけた殿ご一行も駆けつけて下さった。洞窟入り口の草陰に死んだ振りをして隠れていたのだが、タニア殿にあっけなく見つかった(笑)
一行は拙者(重)、ちけた殿(壮)、タニア殿(巧)、べっく殿(念)、十六夜 紅真殿(重)の五人。まずはタニア殿とちけた殿を先頭にいけるところまで走って行きましょう!ということになったのだが、入ってしまうと敵を避けたり逃げたりしながらの迷走なので誰が先頭か後尾かわからない、という全員入れ替わり立ち代りの激走となったのであります(笑)人数もいるため敵の追撃も一人に集中せず、応戦する必要もないほどに逃げきれるのである。そして時折、であるちけた殿が回復でダメージを消して下さるので有難い。
そんな方法で一気に三層を走りぬけると水鏡砕熊が現れた!
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ぬお~~~~っ!急いで駆けつけ皆に加わり斬りつける。ほどなく、熊は我々の前に倒れこんだ。あっけない、というのが正直なところ。仲間がいるということは実に頼もしいものだ。
その後、樋越村へ戻りアリスと話し、拙者とべっく殿、紅真殿は古賀・虎町へ行き、坂上小十郎殿に任務完了を報告し、再びちけた殿、タニア殿の待つ樋越村へ戻った。
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 さて、どうしますかと話し合い、未だ大辰殿からも連絡が入ってなかったのでとりあえず八千矛に移動してみましょう、ということになり、残念ながらべっく殿、紅真殿とはここでお別れし、限界突破に臨むちけた殿、タニア殿と八千矛へ移動した。
 一度帰宅し、刀を限界突破させる一本(山草)だけ持ち、先日話しかけた五銅町の限界突破させてくれる男、刀の匠・威介の所へ走った。時間も遅くなっていたため初体験の三人で行ってみますかということになり、男に話しかけスタートしたまさにその時!!十石原西の入り口で拙者に直接、大辰殿からの伝令が入った!
「こんばんは」
おおーーー!大辰殿!
「今、ちょうどスタートするところです。来られますか?」
「いきます」
なんという絶妙なタイミングであろうか。今や走り出し敵を五連斬りしようという時であった。お二人に話し、大辰殿の到着を待っていただいた。
よし、これで揃った。我々にとっては心強い援軍の登場であった。
しかし、ここからが拙者の勉強不足で皆さんにご迷惑をかけることに・・・。
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 坂道を駆け下り、大辰殿の導きで十石馬を狩ることになったのだが、前回拙者はひとりだったために、とにかく五体斬ればいいとしか考えずに済んだので、本当の仕組みを理解していなかった。
自分のぶんの五体は斬り終わり、回復に回っていた壮のちけた殿、大辰殿が当然のことながら後からになったので加勢するのだが、複数で斬りつけた時に重撃の与えるダメージの大きさをセーブできずにとどめを刺してしまうことが数回あった。い、いかん、かえって足手まといになる。大辰殿、タニア殿にも促され、理解するが、あろうことか、ちけた殿のかうんとが0になってしまったという!もうしわけない!急ぎ、加勢、しかし一撃で止める。まうすの動きによっては己の意思と裏腹に連撃してしまうこともあり、まさに心は悶絶!
 しかし、ちけた殿のがんばりと大辰殿、タニア殿のバックアップで攻略し、戻る。

 続いて問題の七ツ石の猿山軍である。走り出す前にちけた殿がある方よりお預かりして来た差し入れの蕎麦と漬物が配られた。先日の伊里奈様との会話の中で、
「行く時を教えてくれればお作りしますよ」
と言って下さったことを思い出した。(ちけた殿と伊里奈様の正体の方はご友人である)
その場では拙者、初めて会ったその日にそこまでしていただくなど、誠に恐縮ですと申し上げたのだが・・・。なんという有難いお心遣い・・・。
斬影、不覚にも漬物が目に染み、満月が歪みましたぞ。
さて、全員腹も膨らみ出発。拙者があと一息のところで力尽きた場所である。大辰殿もここが問題とばかりに走りながらも細かい指示を出して下さる。拙者が突っ込んだ正面からのルートではなく左の方から回り込むルートを取った。さすが経験者である。拙者も一度経験したのでできるだけ左の隅の猿が少ないルートで進むと、意外にもすいすいと呂門どののいる場所へ。おそらく他の方の方へ猿が追撃してたせいもあるのだろう。呂門どのに証を預かり脱兎のごとく走り去るが、来た時のようにはいかず、今度は拙者にまとめて襲い掛かる猿ども!
ぱきん!
    折られた
その場で復活させてから、仲間の声が聞こえた。
ち「死に戻りありですか?」
大「だいじょうぶです。話かけた後なら問題ありません。」
えっ!?
まさに「ぎょえー!?」である。貴重なぽいんとを使ってしまった挙句に、皆が町へ瞬間移動して待つ間、拙者ひとり猿の追撃を振り切り、カラスを避け、わっせわっせとひたすら走っていたのである。

このげえむ設定、理不尽である(笑)

五銅町でお待ちかねのお三方に労われ、休む間もなく最後のに十石原東の六ケ所にいる狂双鹿・奇と狂双鹿・乱を倒しに走る。この難関、拙者はまったく理解する暇がなかった。えーい、ままよ、なるようになれ、だ。

鹿さんがたくさんいた。

はて?倒す鹿はなんという名だったか?
考えているうちになぜか拙者を追撃してくる鹿がいた。そうこうしてるうちに仲間の声では一頭倒し、二頭目にかかっていた。ようやく視界に皆の姿をとらえた時には鹿が横たわっていた。(汗)聞けば、どなたかによって先にだめーじを加えてあったようであったとのこと。
拙者、何もできなかった。再び走り出す一行。
走りながら「何もしてません」と嘆いた拙者に大辰殿が「そんなもんですよ」と慰めのお言葉。
うぅ・・・
ひたすら走りながら己の未熟さを心から嘆いた。
足手まといになったり、お待たせしたり、何もしてなかったり・・・散々な限界突破であった。
これを読んだ三十段手前の皆様、ぜひとも拙者の失敗の数々を反面教師になさり、予習をして臨んで下さい。
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的確な導きで初めての我々を引っ張って下さった大辰殿、ありがとうございました。おかげさまで突破できました。
ちけた殿、タニア殿、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。「何かあったらお呼びください」とは言えなくなりました。しばらく引き篭ります(笑)
ただひとつ、言えることは・・・ご同行できた二つの珍道中非常に楽しかったです!
拙者の凹んだ心が癒えましたら、またどこかでご同行できれば幸いで御座います。
 その日、樋越村に到着したのが、合戦五分前。村は静まり返っていた。門をくぐれば人だかりがあるだろうと思っていたのだが、人の気が少ない。
とりあえず、いったん自宅に戻り武器等装備を確認して再び村に戻る。
やはりいつもの合戦前よりは参加武芸者の数が少ないように思われた。週の中程、午後八時の合戦ではこんなものであったか・・・まあ、拙者など、それほど多くの経験を積んでいるわけではないので、気のせいやもしれぬ。いつものように木陰で黙想していると、武露具を見て下さっているとのお声を書けて下さる方が。
「ありがとうございます」
と見ると、はいからな眼鏡をかけた巧迅の娘であった。
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聞けば、ちけた殿の武露具から輪玖をたどって読んで下さっているとのこと。ちけた殿にまたまた感謝。(礼)
「ぱーてぃ組んでますか?」
と問われたので、着いたばかりで今日は独りゆえ、
「いえ」
と応えるとぱーてぃ参加受付窓が開いた。会話からこのあたりの手順までの踏み方で明らかにこの世界に住み慣れた方のそれとわかった。
「百人斬りがんばりましょう」と言われたので「はい」と答え、では、記念撮影を一枚・・・と思ったその時、開戦直前の門前へのワープが起こり、巧迅娘とはぐれた(笑)
門をくぐり間もなく開戦が告げられ、さあてどのあたりから責めて行くか!と気合いを入れているその時に『十人斬り』!!なにぃっ!?速過ぎる!あの娘、ただ者ではない。
拙者もこの時は人が少なく、的となる敵が多かったせいもあり、まずまずの調子であった。五十人、百人斬りは二人でそれほど時間を必要としなかった。その後は二人とも大物狙いに切り替え、重撃兵、守護兵などに続き、お波とも対峙するが、巧迅娘が倒した。見事である。拙者はあくまで勘で動いており、そういった敵の強者と出くわすのは行き当たりばったり、たまたまでしかないのだが、ことごとく娘と出くわすことが多かった。敵の出方、合戦のパターンを知り尽くしているかのような動きである。一番隊長に斬り掛かる。逃げる一番隊長を追う中に娘の姿もあった。他に数名の自軍武芸者。奥の方まで追いつめたのは三、四名だったろうか、止まり振り向いた敵にいち早く斬り掛かる娘、そして拙者を含めた数名で斬り付け、ついに倒した!・・・がしかし、なんということか!その傍らに娘も力尽きていた。
だいじょうぶか!と声をかけようとしたが大丈夫ではないのは見てわかったので言葉に詰まり、刀を納めることもせず、さりとて娘を置いて戦渦に戻ることもできずたたずんでいると倒れた娘が言った。
「やっと大将を引っ張り出せたね」
拙者、心を打たれ申した。
 (左様か、左様か、わかった、もう何も申すな。拠点に戻り傷を癒していなされ)
「よくやった!」
拙者、それだけ告げ、くるりと背を向け、合戦に戻ろうとしたその時、時間切れ引き分けの知らせが。
残念であった。せめて勝利の知らせを巧迅娘に持ち帰りたかった。
村に戻り折られた刀を修理して池のほとりで巧迅娘と労をねぎらい合った。
「言ってなかったんですけど・・・」
と娘が切り出した。
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 お話を聞くとなんと、その正体はちけた殿やちけた殿の御友人の武露具でも親切な細かい指導をされていたあの方であった!お名前を出してもいいとのお許しをいただいたがここは拙者の口から言うのは野暮と云うもの。謎のままにしておきましょう。すぐにわかると思いますゆえ。
 道理でお強いわけであるし、戦い方を知り尽くしているわけである。すべて合点がいった。
しかし、知らなかったとは言え、合点がいかないのは拙者の「よくやった!」との大先輩に対する失礼な発言。当然事前に知っていますれば、発しない言葉でありますが・・・平謝りの斬影であった。
 しばし、その場でお話をしていただいたのだが、その中で拙者が書いた人斬り・辻斬りに対する記事に「考え方が似ているところがあって共感しました」と言っていただけたのが、何より嬉しかった。
あの記事に関しては、もしかしたらこの世界では触れてはならない事柄なのかとも思っていたのだが。書いてよかった。
また一人友人が増えました。
いくつかのご指導をいただき、拙者の腹の虫が鳴いたところでお別れした。
伊里奈、以後お見知りおきを。
先日ミン様、舎舎迦様にお誘いいただいてぱーてぃに加えていただき皆様には多大な貢献はできなかったと思いますが、拙者としてはいつも一人ゆえ、大きな戦績でありました。
 月曜日のことであったでしょうか、樋越村の合戦直前にどなたかの「ぱーてぃまだのかたは掲示板からどうぞ!」の声があがりました。見ると・・・おおっ!大辰殿ではないか!迷わず、初めて自ら名乗りを上げ、ぱーてぃに加えていただいた。大辰殿も喜んで下さった様子で拙者も嬉しくなり申した。

 人の出会いというものは偶然であるという考えと、必然であるという考えがあります。前者はすべては己の行動、ひとつひとつの判断で変わってくるという者。後者はいわゆる運命論者とでも言いましょうか、最初から会うべくして会ったのだという者です。
 拙者は勉学などしっかりと受けていない浪人ゆえ、難しいことはわかりませぬが、よくよく考えて見ますれば、どちらも真なり、という気がして参ります。ほぼ運命的に出会う方との機会を活かすか、無にするかということは己の判断、決断次第であることが多く、引っ込み思案になってばかりでは活かせる機会も死んでしまうということではないでしょうか。
 過日、初めて樋越村で通りすがりに偶然お見かけしたちけたどの、タニアどのに躊躇しながらも、「少しでも喜んでいただければ」と『武露具、いつも見ております』とお声をおかけさせていただいたのは、拙者としてはかなり思い切った行動でありました。しかし、それがきっかけとなり、ちけたどのはどこにも宣伝していない拙者の武露具をわざわざ探し当て訪ねて下さった。このような細やかな心遣いが人と人との間を紡いでゆくのだろうと昨夜、改めて感じました。
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(上:ちけたどのと。下:タニアどのオーラが!!)
合戦前にちけたどのにお会いでき、二人でよければ、とぱーてぃを組ませていただいた。人が多く、なかなか戦功を稼げない状況、さらに敵勢力の強者達が遠征してきており、ぽいんと狙いで斬り掛かっていって玉砕してしまい、ちけたどのには良い成果を差し上げることができなかった。無念である。
 合戦後に村で暴れる者たちがいたので民家に避難させていただき、ちけたどののお仲間としばし談笑した。拙者など場違いではないかとも思いましたが、皆様の屈託の無い振る舞いに乗せられ、卓を囲み楽しいひと時でございました。民家の主は迷惑そうであったが。
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(十六夜殿がおらぬ時である)
 このお仲間で兵団を設立する予定だとのこと。それは素晴らしい。いいお仲間をお持ちだ。
拙者はというと、いまだ一人の修行の旅。
拙者のように自由気ままな行動をする自分勝手な半端物に、集団をまとめる能力など無く、協調性もないゆえ、団員としても失格であろう。
しかし・・・孤独ではない。こうして触れ合って下さる方々も少しずつ増えてきており、所属兵団などに関わらず、いざという時にご協力願える“友”と呼べる仲間になれるのではないかと感じております。
拙者としても、こうした方々には労を惜しまず、何かの時にはご協力させていただきたいと思っております。
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